2023年に公開した、是枝裕和監督の映画『怪物』。
映画を観た方の中には、主演の黒川想矢くん演じる少年・湊の存在感に心を掴まれつつも、
「正直、よくわからなかった。」「何が言いたい映画なの?」といった感想を持った方もいるのではないでしょうか。
怪物、私にはイマイチ意味が分からなかった。瑛太くんが護られなかった者たちへ、に続いて可哀想だった。
— かろ (@carororo) December 16, 2024
お姉ちゃんとこんな元日にアマプラで怪物を見てたんだけど、号泣するわたしの横で「全く意味が分からなかった」と平然としている姉を見て、( ˙-˙ )こんな顔で始まった2025年。
— りぼ (@genkiga1ban_69) January 1, 2025
「怪物」観た。何を伝えたいのか意味が全く分からなかった。考察動画を観て勉強してみます。
— ファントム (@CSMv2uTCKyxXaO8) June 25, 2023
本記事では、『怪物』を観たけれどモヤっとしたまま終わってしまった方に向けて、この作品が伝えたかったことを考察していきます。
※以下、ネタバレを含みますのでご注意ください。
映画『怪物』の基本情報
公開:2023年
監督:是枝裕和
▼他の映画作品
『誰も知らない』(2004)
『歩いても 歩いても』(2008)
『そして父になる』(2013)
『海街diary』(2015))
脚本:坂元裕二
音楽:坂本龍一
主演:安藤サクラ・永山瑛太
子役:黒川想矢・柊木陽太
大きな湖のある郊外の町。
息子を愛するシングルマザー、
生徒思いの学校教師、
そして無邪気な子供たち。
それは、
よくある子供同士のケンカに見えた。
しかし、彼らの食い違う主張は
次第に社会やメディアを巻き込み、
大事になっていく。
そしてある嵐の朝、
子供たちは忽然と姿を消した―。引用:映画「怪物」公式サイト
「意味不明」と感じる理由はなぜ?
同じ出来事が3つの視点で描かれているから
映画『怪物』の意図がわかりにくいと言われる最大の理由は、同じ出来事が三つの視点から描かれていることにあります。
① 母・早織の視点
最初は、シングルマザーの早織(安藤サクラ)から見た世界。
- 息子・湊の様子がおかしい
- 担任教師・保利(永山瑛太)の言動が不穏
- 学校側の対応が冷たい
この段階では、映画を観ている側も先生や学校への不信感を感じて、母親と同じ目線で物語を追っています。
② 教師(保利)の視点
次に描かれるのが、主人公・湊の担任教師側から見た世界。
- 保利は決して悪意を持っていない
- 学校組織の中でだんだん孤立していく
- 母親の訴えが大事になっていく恐怖
などの様子を、湊の担任である保利(永山瑛太)からの目線で見ることになります。
ここで、映画を観ている人たちは「あれ?最初に思っていた印象と違う…」と感じ始めます。
③ 主人公・湊と依里の視点
最後にようやく、主人公・湊(黒川想矢)と依里(柊木陽太)の視点が明らかになります。
ここで、二人の子供たちは、大人には見えない世界で繋がっていたことが分かり、それまでの認識が覆されます。
3つの視点から描かれているため、世界の見え方が全く違うのですが、「どれも嘘ではない本当の世界」ということが、理解が追い付かない要因の一つかもしれません。

どれが本当なの?と思ってしまうけど、どの目線もそれぞれから見た真実なんだよね!
説明的なセリフが少ないから
この映画は、全体を通して説明的なセリフがほとんどなく、表情や間・目線などで見る側が想像しないと理解できない作りになっています。
回収されないセリフも多くあり、結論を観客に委ねている部分が多くあります。
意図的にそのような作り方をしているのですが、はっきり説明がほしいタイプの方にとっては分かりづらいと感じてしまうかもしれません。

あえて分かりにくくすることで、自分自身の思い込みを突きつけているのかもしれないですね!
【考察】最後のシーンはどういう意味?ラストシーンについて考察!
物語のラストでは、自然いっぱいの世界で楽しそうに走っている湊と依里の様子が流れます。
はっきりとした説明や台詞はなく、現実なのか夢なのかはっきりわからない雰囲気が漂っていて「結局どうなったの?」と戸惑った方も多いかもしれません。
ラストシーンで描かれているのは、大人の論理やルールから一時的に切り離された、子どもたちだけの世界で、現実の世界ではありません。
また、2人が生きているのかどうかについては言及されていません。
観た人それぞれの解釈にゆだねる、というスタンスの終わり方を、意図的に選んでいるんですね。
誰の立場で観るかによって、ハッピーエンドともバッドエンドとも言い切れない結末になっています。
【考察】タイトル『怪物』が指しているものは何?
この映画の最大の問いが、
「怪物とは誰のことなのか?」
ということです。
- 怒る母親
- 何も言えない教師
- 問題行動を起こす子ども
- 空気で動く学校組織
など、色々な候補はあるものの、「これです」という明確な答えは提示されません。
この映画でいう怪物とは、特定の誰かのことではなく、誤解や決めつけなどが生んでしまう関係性そのもののことかもしれません。
まとめ
映画『怪物』は、誰の立場で観るかによって、結末の受け止め方が変わる映画とも言えます。
観たタイミングによって、感じ方の違いもあるかもしれません。
是枝監督の映画は、観る人に解釈をゆだねる作品が多いのも特徴なので、「意味がわからなかった」という感想で終わって正解なのかもしれませんね!

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